具体的な勉強方法など
2004年3月記述
東京都立桐ヶ丘高等学校 河和 旦
国語
授業で使用するプリントは、ほとんどフロッピーに入れてくださいます。しかし、古文や漢文のように、パソコンでデータ化するのが難しいプリントは、私が事前にプリントをもらい、点訳して授業当日に持参します。
試験は、先生が問題文を音訳したカセットテープを用意してくださるので、それを聞き、解答はパソコンで打ってフロッピーに保存し提出します。漢字の読み書きなど、ほかの生徒には解けても、点字では解けない問題は、先生が同レベルで別の問題に差し替えてくださいます。(例えば漢字の読み書きの代わりに、言葉の意味を答えさせる問題に改題されます)
数学
授業中、板書される内容は、このように先生が大きな文字で書いて渡してくださいます。文字がすべてひらがなになっているのは、私が漢字を読み取れないためです。図を書かなければならない場面では、先生が、手で触ってわかるボードを作成してくださるのでそれで問題を解きます。
試験の問題文は、このプリントと同じように大きな文字で書かれたプリントが渡されます。解答は墨字で手書きするのですが、解答用紙には罫線が引いてあり、まっすぐきれいに答えをかけるようになっています。
英語
プリントは当日読んでいただくか、データか事前にプリントをいただいて点訳します。板書の際には、スペリングを読み上げながら、書いてくださるようにお願いしています。
試験は、別室で先生に問題文を読み上げていただき、パソコンで解答を打ち、フロッピーで、提出します。
世界史・日本史
プリントはフロッピーで渡されます。ノートテイクは、先生の授業ノートのコピーをいただき、それを点訳し、フロッピーに入れて持参します。
情報ビジネス系の授業
特に音声読み上げソフトがインストールされている場合、他の生徒と操作が若干異なる場合があります。このような特殊操作は日本盲人職能開発センターの先生にレクチャーをお願いしています。また試験は、問題・解答ともにパソコンで入力します。
桐ヶ丘高校で行われている独自授業の紹介
A ボランティア
体験を通して、思いやりやボランティアの精神を養います。
私はこの授業(点字体験)で特別講師を務めました。私はこの体験学習を通して、「思い切って桐ヶ丘高校に入学してよかった」と思いました。この授業をきっかけに、点字に対する興味・関心を持ってくれた友達増えました。
B 暮らしとマナー
日本の伝統(和室の常識《席次・立ち居振る舞い・和室の造りと名称など》・和服の着付け・華道・茶道・ほか)を学ぶとともに、日常生活の中でのマナー(敬語の使い方の基本・電話のかけ方・手紙の書き方・冠婚葬祭のマナーほか)も学びます。
C 産業社会と人間
高校卒業後の進路を考える授業です。特に、将来何らかの職業に就く上での知識を身につけるのがねらいです。
上級学校や、企業を見学しに校外に出かけて授業を行うこともあります。
私はこのような場合、車いすで参加します。
その他
(1) 先生との連絡の手段として、E−mailを利用することもあります。特に担任の先生への連絡はメールですることが多いです。校内に張り出される掲示の内容なども、担任の先生からメールで送ってもらっています。また、先生の中には授業で使うプリントをメールで送ってきてくださる先生もおられます。
(2) 校外で、友人とコミュニケーションをとる手段としてもメールを使っています。
たくさんの方々の協力
教科書や副教材の点訳は、「つつじ点訳友の会」の方々にお願いしています。また、地元のボランティアの方々にお願いして参考書などの本を、テキストファイル科していただいたりもしています。このようなボランティアの方々のお力添えがなければ、私の統合教育は成り立たなかったと思います。
今までを振り返って
私は、文京盲学校から桐ヶ丘高校に再入学して、高校生活が大きく変わりました。特に我が校には、さまざまな立場の生徒がいます。年齢もさまざま、生活環境もさまざま、働いている人もいます…。そのことが、自分自身を客観的に見るためにとても役に立っていると思います。
また、先生方がさまざまな生徒に対し、ときには暖かく時には厳しく指導しているのが印象的です。今までの学校生活には見られなかったような先生との関わり方をすることができるようになりました。
担任の先生から、「ここではおもいっきり自己主張していいんだよ。」と言われ盲学校との違いに驚きました。また、数学担当の先生からは「授業中にわかりにくいこと、作業しにくい、見えにくいなど、不都合なことはいつでも、どんどん要求していいよ」とも言われ、何かとても安心しました。このように、私はこの学校でのびのびと、毎日たくさんのことにチャレンジしています
おわりに
東京都では来年度から「特別支援教育」がスタートし、障害者も健常者と一緒に学ぶ機会が増えていくことになりました。今まで、障害者に対しては、「目の不自由な人は盲学校」で、「肢体不自由の人は養護学校で」勉強するという教育でした。確かにその方が、個々の障害の程度に応じた適切な教育が受けられるというよい面もあります。しかし、一方では、障害者だけの狭い集団の中で勉強しているので、障害者にとっては健常者の様子を知ることができません。また、その逆もあります。
アメリカなどでは「障害の有無にかかわらず、同じ一人の人間として扱い、教育する」という考えで、私のように障害者も健常者も同じ学校で共学しています。日本は、その点まだ遅れています。
私は、アメリカのような社会が日本でも実現できればよいと考えています。健康な人でも突然交通事故で障害者になったり、年をとると身体がいうことをきかなくなることを考えると損はないと思います。将来はその夢が実現できるようなチャレンジをしたいです。